最終話(第50話) ザウルスは永遠 

ザウルスの生産はとっくに終わっているが、シャープが存続する限り、ザウルスの後継機の開発の望みは残っていると信じていた。そして今日、シャープの買収によって、その望みが絶たれ、机の上にあるザウルスとともにこれからもしっかり生きていこう思いを新たにしている。

私は第50話を、このブログの締めくくりにしようとずっと思っていた。文化審議委員に任ぜられた時や、NHKの教育テレビ番組の監修・講師になった時、大学の図書館長を任ぜられた時など、最終話を書く最適なチャンスを狙っていた。華々しいファンファーレの中で、ブログを閉じたいと思っていたからだ。

だが、違っていた。ザウルスに最大級の賛辞を述べて、ザウルスから卒業するような、そんな結末にはならなかった。ザウルスは師匠はおろか、家族ですらなく、私自身だったことにようやく気づいたのだ。ザウルスはすでに機器ではなく、私の心や頭となり、私自身の中にある。機器としての発展を遂げる必要もないのだ。私が生きる限り、ザウルスは生き続ける。それは、シャープの素晴らしい技術者たちが目指したものであるに違いない。

だから、ザウルスを生み出してくれたシャープに最大級の賛辞を述べて、このブログの最終話とする。ザウルスを私に授けてくれてありがとう!ザウルスは永遠に生き続けます。

| | コメント (2)

第49話 やっぱりザウルスが好き!!!

通勤バッグには、スマートフォンと携帯電話、iPad miniが常に入っている。ザウルスはというと、大切に引き出しでお留守番になることが多くなった。いや、正直に言うとここ半年は、一度も外に連れ出していない。最初の頃はやや罪悪感があったが、最近は一緒でないのが当然になっていた。今日、ふとアマゾンを見たら、拙著に次のようなコメントがついていた。

現在(2013年)では「スマートフォン」でおよそ殆どのことが出来るようになりましたが、その便利なスマホでも、MS-wordやExcelを動かすことは出来ない(だろう?)と思います。小型の携帯端末としても、タブレットが出現し、電脳の環境は進化しています。しかしキーボードがあって超小型の端末というのは、どこか「夢」がありました。Zaurusも、生産中止ですが、過去の貴重な遺産と思います。マニュアルも出版されていましたが、もう少し生活と密着した形で、説明されています。読んでいて楽しくなります。 」(2013年3月6日付 蛍光さんより)

嬉しさと同時に、どうしようもなく恥ずかしさがこみ上げてきた。ザウルスが私に与えてくれたもの、それは“蛍光さん”の言うとおり「」だ。ザウルスはツールを超えて、のんびり屋の私に仕事をする楽しさを与え、子育ての楽しさを与え、生きることの楽しさを与えてくれていた。その結果として一つ一つの夢が実現してきたのに、ザウルスに何という仕打ちをしたのだろう。

スマートフォンやiPadは確かに楽しいツールだが、ツールを超えることは決してない。それなのに、いつの間にかツールでできる単純作業しかせず、無意味な時間を過ごしてきた。

ザウルスに詫びて、これからもザウルスとともに夢を語り合っていきたい思う。“蛍光さん”ありがとう。

| | コメント (0)

第48話 図書館長

この春から大学図書館長となった。思えば長い間ブログを更新していなかった。この3年間は新学科の設置準室長や学科長の仕事で、ザウルスのスケジュールを確認するのが精一杯だったが、居心地の良い図書館長となって、ザウルスで本を読んだり、ザウルスで思い出の動画を見たりする余裕が出てきた

私にとっても目まぐるしい数年間だったが、電子機器も目まぐるしい展開を見せている。スマートフォンが、携帯電話に取って代わるのは難しいだろうと思っていたが、電車でのスマートフォン所持率の高さに驚いている。結果、私もザウルス様と携帯電話とスマートフォンとiPadを常に持ち歩いている

スマートフォンはWiFiテザリングができるもので、持って歩くとiPadはオンラインとなる。大学の図書館は研究室と少し離れているが、スマートフォンとiPadを持っていけば、図書館長室であれこれとやりたいことができる。だが、結局のところ、消耗しやすいスマートフォンのバッテリーが切れればiPadは役に立たず、iPadをうっかり持っていくのを忘れればスマートフォンの出番は無い。

とぼとぼと、忘れたiPadを取りに研究室に戻る時、オールインワンのザウルス様には所詮かなわないと思うのである。

| | コメント (0)

第47話 裁判員制度とザウルス

いよいよ裁判員制度が本格的に始まった。今日は裁判員裁判の初日であったので、傍聴できればと東京地方裁判所に出かけたが、傍聴席数58に対して整理券が2381。競争率は40倍以上である。結果は予想通り「はずれ」であった。ザウルスの電池もしっかり充電してきたのに、残念なことである。

今年の4月11日に『体験!裁判員』明治書院)を刊行し、裁判員に必要な論理的な思考力、論理的な表現力を、パワー・ライティングでまとめた。傍聴記録をザウルスに頼り、模擬評議形式でまとめたこの本は、90パーセントがザウルスのおかげで出来た本である。

ザウルスで丁寧に傍聴記録を作り上げていくと、審理に潜む疑問が見えてくる。被告人の言葉の矛盾であったり、証人の言葉の矛盾であったり、様々な疑問がザウルスの傍聴メモから浮き出てくるのだ。

今日の証人尋問では、裁判員からの質問は無かったという。視覚に訴える審理が進行しているようだが、そうすることで「言葉」の矛盾に気づきにくくなることはないだろうか。次々にモニターに映し出される画像やスライドに、手元のメモに「言葉」を記す暇もなかったのではないだろうか。

ザウルスのメモ帳やワード、手描きのイメージノートは、ずっと「言葉」で考えることを支えてくれている。

| | コメント (2)

第46話 ザウルスと“ハッピーフライト”

今日封切りのハッピーフライト”を観て来た。空港や機内で働くキャビンアテンダントやパイロット、機体整備士など、空港や飛行機の運航を支える人たちのストーリーだ。タイトルはハッピーフライトだが、内容はアンハッピーなハプニングの連続だ。

私は、アメリカとの往復を一年に3回ほどするが、乗る飛行機は色々だ。6日後の11月21日にはアメリカのテキサス州に出張だが、今回はノースウェスト航空に搭乗する。飛ぶ速度で飛行機会社が選べるならもちろん速い飛行機会社を選ぶが、飛ぶ速度が同じで飛行距離もほぼ同じとなれば、価格とサービスで選ぶ他ない。

だが、実際には価格もサービスもあまり格差が無く、シートの広さもデルタ航空が少し広い程度。要は与えられたあの狭い空間で何ができるかだ。仮眠は取れても、熟睡は難しい。本は読めるが、揺れるので文字は書けない。パソコンは出せるが、電源は取れない

だが、13時間もの贅沢な「すきま時間」を活用しない手はない。ザウルスをテーブルの上に出して、書きかけの原稿の続きを書く。大きなパソコンなら飲み物を置く場所など無いが、ザウルスならホットコーヒーとクッキーを置く場所がある。ノースウェスト航空では機内でスターバックスコーヒーを提供する。スターバックスコーヒーの香りに包まれながら、地上1万メートルで愛するザウルスと仕事をする。まさにハッピーフライトである。

| | コメント (2)

第45話 ザウルス+ザウルスの生活

前回の第44話以降、まったく記事を更新していなかったために、本ブログをお読みいただいている方から、どうしているのかと心配の声をいただいた。ザウルスは「すきま時間」を有効活用するためのパートナーだが、そのすきま時間さえ見つからない状態がここ半年ほど続いている。月刊誌の連載原稿の他、種々の原稿執筆、海外出張、学会発表と続き、さすがのザウルスもバッテリー切れ気味である。

ザウルスの悲鳴を聞き、これはちょっとまずいなと、今流行の軽量ネットパソコンも一緒に持ち歩こうかと購入を検討していた。が、バッテリーの持ちが良いネットパソコンにはハードが無く、ハードが付いたネットパソコンはバッテリーの持ちが悪い。そこで、初心に戻って「何をしたいか」を考えてみた。

  1. メモを取りたい
  2. 原稿などの構想を練りたい
  3. 書きかけの原稿を書きたい
  4. 今後の予定を常に把握したい
  5. メールで連絡をチェックしたい
  6. 情報をネットで検索したい

 こうして見ると、1、2、3が原稿のことに関してであるので、文章を書くことの比重がとても大きいことがわかる。とすると、1、2、3と4、5、6を切り離して、ザウルス+iphone、あるいはテキストを書くだけの超小型パソコン+ザウルスという選択肢が生まれる。結局、出した答えはザウルス+ザウルスだ。ザウルスの活動を担保できるのはザウルスだけである。1台は原稿執筆用、1台はネットで交信用とし、交信用のバッテリーが途中で消耗した時は、原稿執筆用のバッテリーを使用することにした。

ザウルスの価格COMでの値段が49000円ほど。ネットパソコンの値段も49000円ほどだ。長年かけて完成形となったザウルスの3200型を買うか、にわかに浮上してきたネットパソコンのお試し版を買うか、答えは明らかである。

| | コメント (2)

第44話 ザウルスとブログタイトル変更

4月1日、「教授」の辞令をいただいた。そのためブログのタイトルを「入部明子教授のザウルスで仕事をする」にアップグレードさせていただいた。本ブログはご覧の通り、日々更新のブログではなく、ザウルスによって成長する一人のザウルス愛用者の話であり、50話で完結とさせていただいているため、成長のない時は筆を置かせていただいている。実はひそかに個人達成目標があり、現在第44話なので、あと6話分は成長するつもりである。

教授昇格にあたっては本当にザウルスにお世話になった。ここでザウルスに謝辞を述べておこう。

「ザウルス様 あなたは私が落ち込んだ時は愚痴ノートとなって、色々な思いを受けとめてくださり、国内にある時はコミュニケーションツールとして多くのメールやファイルを運んでくださり、海外にある時は優秀な電子辞書翻訳機となって支えてくださいました。また、私のことのみならず、5人の家族のスケジュールを管理し、うっかり授業参観を忘れそうになった時は、ベルまで鳴らして記憶を呼び覚ましてくださいました。さらに、すきま時間が訪れた時は、これまでのデータを提示し、少しでも私の仕事が進むようにと支援してくださいました。今日、仕事においても家庭においても幸せを感ずることができるのは、あなたが常に私の支えとなってくれたからです。心より感謝申し上げます。」

こうしてブログをお読みいただいている読者の皆様にも心より感謝申し上げます。

入部明子拝

| | コメント (6)

第43話 新刊とザウルス

昨年一年間、裁判員制度と国語力の関係について調べてきたが、4月10日、ついに新刊が店頭に並ぶ。本のタイトルは『その国語力で裁判員になれますか?』(明治書院http://www.meijishoin.co.jp/である。弁護士で参議院議員の丸山和也さんが帯に推薦のお言葉を寄せてくださり、国語教育と司法との融合の夢は現実のものとなった。裁判員に最も必要な力は「国語力」であることは疑いようも無いが、法廷で交わされるやりとりのどの部分で、どのような国語力が裁判員に要求されるのかを明らかにすることは難しい。裁判の傍聴をしては考え、考えては傍聴をしての繰り返しであったが、本書に希望の光を与えてくれたのはやはりザウルスであった。

裁判の「証拠調べ」と呼ばれる段階での検察官の話はとても速く、ザウルスでなければ到底メモなどできない速さである。録音が許されない法廷で全てを記憶して帰るためにはメモに頼るしかない。ザウルスなら裁判のほぼ全てをメモすることができ、ザウルスのメモを見ると、瞬時に裁判の全容を思い出すことができる。このような繰り返しが、私の裁判への理解を急速に深めることになった。もしザウルスが無かったら、出版はもう一年遅れていたに違いない。

実際にはまだ始まっていない裁判員制度だが、ザウルスの裁判の傍聴メモに、ザウルスに書き留めた構想メモを重ねていくと、不思議なことに裁判員が何に戸惑い、何を必要とするかが見えてくる。ザウルスは未来を予言する魔法の杖である。

| | コメント (2)

第42話 裁判傍聴とザウルス

12月17日、横浜地方裁判所で裁判の傍聴をした。連続強盗事件で起訴された33歳の男性の審理であった。起訴状の朗読から始まり、検察官の論告、弁護人の弁論まで実に3時間。休憩なしの審理であった。3月頃出版する裁判員制度と国語力についての本の取材のためで、最も大きな傍聴の目的は「メモ」であった。法廷は傍聴者で満員であったが、そのうちメモをしていた人は4~5名ほど。私は、最初からザウルスでメモを取ることにした。最初の1時間はメモをしていた4~5名の人たちも、1時間経過した頃からメモを取るのをやめていた。私は、ザウルスで起訴状の朗読から弁論、論告までほぼ全てのメモに成功した。総文字数2221文字であった。

私は裁判傍聴で最も必要な国語力は「聞く力」と「メモをする力」だと思っている。聞いた内容を、メモという保存性のある内容に、どれほど残すことができるかがとても大切だ。なぜならば、法廷で表現されたことだけが、評議で議論される有罪・無罪の唯一の根拠となるからだ。

裁判員の必需品はと聞かれたら、ザウルスと大声で答えたい。検察官のあの早口の説明をメモできるツールは、キー入力が快適なザウルスしかない。メモをしながらも、すぐに裁判特有の難しい専門用語を調べられのは、ザウルスしかない。3時間以上の長時間にわたる審理で、バッテリーが余裕でもつのはザウルスしかないからだ。

| | コメント (0)

第41話 FMV-BIBLO LOOX U50X/V 対 ザウルス

超小型パソコン、FMV-BIBLO LOOX U50X/Vを購入した。少しザウルスを裏切ったような気持ちになる。通常仕事では、ザウルスとレッツノートのXPのタブレットPCを持参しているが、ビスタ機を連れて歩く必要が生じてきている。大学で教えている学生のほとんどがビスタ機になってきているからだ。ザウルスもレッツノートも一つ一つは軽量なのだが、これにもう一機モバイルを持つとなると、それなりに重くなる。そのため、500グラムで完全なるパソコン機能を備えたFMV-BIBLO LOOX U50X/V を購入したというわけである。

大きさはザウルスのおよそ1.5倍。重さも1.5倍。対レッツノートでは、その半分。ひざの上にはちょうどいい大きさだが、ザウルスのように立ったままキーボードを打つという技は使えそうにない。起動にはおよそ2分の時間を要する。シャットダウンにはおよそ1分かかる。

結局、起動の2分間を待つ間に、ザウルスでメールを見たり、カレンダーをチェックしたりしている。やはりザウルス様には到底及ばないFMV-BIBLO LOOX U50X/V であった。

| | コメント (0)

第40話 ファンタスティック・フォー

9月21日に封切の『ファンタスティック・フォー 銀河の危機』を観た。予告編通りの内容でスパイダーマンなどと同様、コミックの実写版である。奇想天外なストーリー展開は、観る者の頭を使わせることなく、自然体で楽しませてくれる。

一方、実写版ならではの生々しさがある。それが、ザウルスと同じPDAによる演出だ。主人公は地球の危機の回避と、先延ばしになっていた結婚式のはざまにあって、その両方を達成すべく、PDAをフルに活用している。原作のコミックにはない「時間」の演出だ。

4人の主人公たちは、個々に超能力を持っているが、そのリーダーが常にPDAという端末を持ち歩いている姿には、親近感が持てる。たとえ優れた超能力を持っていたとしても、情報をモニターするPDAのような端末は必要不可欠というわけだ。

| | コメント (0)

第39話 2010年までに必要な国語力

明治書院の『日本語学』8月号に「2010年までに必要な国語力」と題する小論を発表した。「2008年までに日本社会を支える国語力」、「2009年までに経済基盤を支える国語力」、「2010年までに司法制度を支える国語力」が必要だと考えている。PISA調査と呼ばれる国際学力調査で日本の読む力は8位から14位に急落、経済大国日本を支える基盤としての国語力が大きく揺らいでいることが明らかになった。

一方、アメリカは現在読む力が18位だが、アメリカは国をあげて、読む力の向上に取り組んでおり、今後大いにその成果が期待できる。ザウルスのカレンダーには過去4年間のアメリカの国語学会参加の際の記録が詳細に残っている。4年前からのアメリカの国語学会の記録を見ると、ここ4年間で加速を付けて読む力の向上につとめていることがわかる。

アメリカの国語学会参加は年に3回ほどだが、ザウルスのカレンダーの「検索」のキーワードに「アメリカの国語教育」と入れると、アメリカの学会参加時のデータが全て呼び出され、一つのストーリーのようにアメリカの国語教育の動きが見えてくる。検索時間もわずか数秒だ。ザウルスのカレンダーに詳細に記録しておけば、一つの検索語で一つの年譜を作ることができるのだ。

| | コメント (0)

第38話 ザウルス破格〔2〕

ザウルスがさらに底値を更新している。現在42,700円にまで下がっている(価格COM)。大学で教えるている学生たちから、40,000円を切ることがあればすぐに購入するので、教えてくださいと頼まれている。大きさが携帯電話と軽量パソコンの間にあると言われるザウルスは、その価格においても同様の認識を与えているようだ。それにしても、ワード、エクセル、メール、インターネット、映画視聴に音楽も聴けるザウルスがこの価格とは、驚きだ。

現在販売しているザウルスSL-C3200は私にとっては完成形だ。高機能のマルチメディア辞書のみならず、翻訳ソフトや英語の音声ソフト、NOVAの英語のレッスンも付いており、英語の機能が充実していること。イメージノートなどの手書き認識が優れていること。そして電池消耗につながる、カメラや携帯などの余計な機能が無いこともむしろ私にとっては幸いなことだ。

この勢いでいくと、学生に「買い時」宣言を出せるのも時間の問題だろう。40,000円を切った段階で買う予定にしている学生は20人ほどいる。携帯電話買い替えのための積み立てがちょうど満期になる時期と、ザウルスの底値更新がちょうど重なれば、さらに購入する学生は増えるだろう。

| | コメント (0)

第37話 ダイ・ハード4.0とザウルス

ダイ・ハード4.0の先行ロードショーを見てきた。主役は同じブルース・ウィリスで今回も「死ぬほどの苦しみ(ダイハード)」を乗り越えて、国家の危機を救う。映画の立ち上がりからコンピュータが登場し、国家のホストコンピュータにアクセスすることさえできれば、なんだって動かせるアメリカの実情を描いている。20年以上前にアメリカで教育実習した時に、小学校でさえクラスに2台ずつコンピュータが置かれていたのだから、当然のことだろう。

みどころは、巨大な国家のホストコンピュータよりも、ザウルスのような超小型コンピュータとも呼べるPDAが鍵を握っているところだ。PDAが登場するのは4回。どれも、「ああ、これでおしまいかっ!!」と八方塞がりになる場面で登場する。頼りにしていた携帯電話も途中で電池切れになってしまい、道端に捨てるシーンがあるが、PDAは最後まで主役たちを支え続ける。

字幕にもしっかりと「PDA」と出ていたが、どのくらいの人たちがPersonal Digital Assistanceの略語だと分かるのだろうか。PDAが分からず仕舞いの人にはちょっとおしい映画だ。

| | コメント (0)

第36話 ザウルスの使用頻度

ザウルスを机に置いたままになっている人もいるというが、私には到底考えられないことだ。すでに拙著『入部明子助教授のザウルス徹底活用術』に書いたとおりだが、執筆時より、さらにハードになった生活の中で、ザウルスの出番は多い。

朝5:30 起床 ザウルスで一日のスケジュールのチェック

朝7:30 メモ帳で仕事場に何を持っていくかをザウルスでチェック

朝7:45 高速道路に乗る前に4本の信号待ちの時間を利用してザウルスでメールをチェック

朝8:30 高速道路を降りた後、4本の信号待ちの時間を利用してザウルスでメールの返信

朝9:00 大学の講義の流れをザウルスのワードでチェック

朝9:20 大学の講義で視写をさせるためザウルスのストップウオッチ機能の使用

朝9:50 学生が文章を書いている間に、ザウルスのネットを接続してニュースをチェックし、講義の話と絡ませてニュースの話題を学生に提供

朝10:30 講義終了直後にザウルスでメールをチェックし、そのまま4本のメールに返信

昼12:30 昼食時を利用した打ち合わせで打ち合わせメモをザウルスに記録。内容を自宅のPCに送信

午後3:00 会議の議事録をザウルスのワードで作成、自宅PCに送信

午後4:00 小学校の懇談会。暇なので書きかけの原稿の続きをザウルスのワードで執筆

午後4:30 なかなか懇談会が終わらないので、夕食の買い物メモとレシピを書き、イメージノートに料理の出来上がり図を手描きして添付ファイルで夫のザウルスに送信。

午後6:00 娘のバレエのつきそいで、待合室待機。ザウルスのワードで原稿の続きを執筆。

主なものだけをリストアップしてもこれほどあるが、実際にはこの3倍ほどザウルスにお世話になっている。机の上に置いたままになっているなんていうことは、私には信じがたいことだ。

| | コメント (0)

第35話 ザウルス破格

ザウルスがついに、44,000円を割り込んで出ている。価格COMで、送料無料で44,000円とは驚きだ。電子辞書に40,000円近く出すぐらいなら、ザウルスをぜひ買うべきだと声を大にして言いたい。すでに、現在のSL-C3200を愛用しているが、父の日(?)に、夫にザウルスをプレゼントした。片時もザウルスを離さない私を、ザウルス明子と夫は呼ぶが、今では夫も立派な「ザウルス○○○」になっている。

ザウルスを片時も離さないのは、大事な仕事関係のデータがあるだけではなく、そこに思い出があるからだ。イメージノートに子どもが描いた絵や、子どもたちの成長の記録としての映像など、ザウルスは機械であるというよりも思い出のアルバムに近い。データばかりの保存なら、携帯電話でも肩代わりできるだろうが、ペンを持ってイメージノートに絵を描くなどはザウルスならではの業である。

夫がザウルスを手放せないのも、娘が描いた「絵」がそこにあるからに違いない。

| | コメント (0)

第34話 『エリザベート』

 ウィーン版の「エリザベート」が新宿コマ劇場で上演されている。通常は豪華なセットが用意される舞台だが、ウィーンからフルキャストは呼んでいるものの、セットなしで歌と衣装のみのエリザベートであった。エリザベートはマヤ・ハクフォート、トートはマテ・カマラス。セットがないかわりに、オーケストラを舞台に上げて上演された。どんなものかと不安であったが、最前列中央のプレミアシートを取った。舞台から30センチほどの距離にいたせいもあるのだろうが、最初から涙が止まらなかった。

 圧倒的な歌唱力にまず涙、言葉の美しさにまた涙、深みのある歌詞に涙、そして様々な苦難と葛藤に苦しむエリザベートの人生に涙であった。余りに涙が出たので、休憩時間に、ザウルスの画面を開けたが、目がかかすんで画面が見えなかった。それでも、ザウルスで、なんとか出版社に打ち合わせのメールを送ろうとする自分が悲しかった。

 エリザベートの息子、皇太子ルドルフが歌う「僕はママの鏡だから」は、思春期の息子を持つ私には、聴いているのが本当につらかった。ウィーン版「エリザベート」は5月18日まで。

 

| | コメント (0)

第33話 ザウルスと電子辞書

 ザウルスの3200型がついに5万円を切って市場に出ている。現在、価格COM.で「PDA」で検索すると、4万円台でザウルスが手に入る。先日、中学2年生の息子に、ザウルスを与えようか、電子辞書を与えようかと、ずいぶん迷ったが、結局39000円もする電子辞書を与えてしまった。量販店のベンチに座って、1時間も考えた結果であったが、判断を誤ってしまった。ザウルス3200には、電子辞書のみならず、翻訳ソフトも、NOVAの英会話教室も、英語の読み上げ(音声)ソフトもついており、その充実した機能が、中学2年生の子どもには贅沢なのでは、という思いに至らせた。

 だが、今ではこんな風に考えている。ザウルスで英語の単語を調べさせたり、ザウルスの音読ソフトで音読の練習をさせたり、ザウルスのワードで、息子の趣味の小説を書かせたり、ザウルスで家族のムービーアルバムを見させたりすれば良かったと・・・。

 戦時中は「贅沢は敵だ」が標語だったようだが、贅沢が素敵でないはずがない。

| | コメント (0)

第32話 ザウルスと准教授

4月2日に、「准教授」の辞令をもらった。本ブログのタイトルも「助教授」ではなく、「准教授」とせねばならないところだが、「准教授」という呼称が多くの人に認知されるまで「助教授」としておくことにする。仕事のある一日は忙しい。朝、8時に草加市を出発。三郷のインターチェンジから常磐高速道路にのり、柏、谷和原、谷田部、桜土浦のインターを過ぎ、土浦北インターチェンジでおりる。所要時間は40分。9時には自分の研究室に入り、一日の予定をチェック。大講義室で40分の1年生オリエンテーション。そして1時間の学科別オリエンテーション。さらに90分のクラス別オリエンテーションと続く。

どんなに忙しくても、ザウルスだけは持って歩くこと。それが基本だ。拙著にも書いたが、すきま時間は突然訪れる。オリエンテーションの登壇者が遅れる、学生の配布物が不足し配布物の到着を待つなど、予定通りに予定は進行しないものだ。登壇者が5分も遅れるなら、メールを受信し返信まで完了する。配布物の到着が10分も遅れようものなら、書きかけの原稿が2ページほど書ける。

備えあれば憂いなし。「オール・イン・ワン」の備えとして、ザウルスは完璧である。

| | コメント (0)

第31話 あぶくま洞とザウルス

三郷のインターチェンジに自宅が近いため、どこに行くのもアクセスが良い。福島県のあぶくま洞に行ってきた。あぶくま洞はおよそ8000万年という歳月をかけて創られたというから驚きだ。あぶくま洞に行くのは6回目だが、その時々の心模様によって、鍾乳石の見え方が異なる。鍾乳石が鬼の顔に見えたり、観音様に見えたりするから不思議だ。

あぶくま洞は全長600メートルもあるのだが、入場料は大人1200円、中学生800円、小学生600円と映画館なみの入場料である。そこで、きっと何か割引があるはずだと、ザウルスを開き、「あぶくま洞」でネット検索する。すると、田村市のサイトに「あぶくま洞」の案内があり、「入場割引券」が表示される。プリントしてはじめて有効な割引券だ。そこで、ザウルスのプリンタとして購入した、ブラザー「MPRINT MW100e」を取り出し、ザウルスで表示している入場割引券をプリントする。プリントに10秒ほどかかり、ザウルスの画面と同じ大きさの入場割引券がプリントされる。大人1200円が1000円に、中学生800円が600円に、小学生600円が500円になる。

置き傘のように、バッグに入れておいたプリンタだが、家族5人で900円の割引となった。鍾乳洞を出たところで、一個180円の春限定「桜アイスクリーム」を5人で食べる。

| | コメント (0)

第30話 映画『デジャヴ』とザウルス

『デジャヴ』を観た。何かをする時に、ふとためらったり、根拠はないが、危険だと感じることがある。映画はその根拠やためらいの原因に、デジャヴ(=既視感)を設定している。簡単に言うならば、記憶にはないが、忘却の彼方にはちゃんと経験的な根拠があって、そこから微弱な危険信号が送られているというわけだ。

人が、どんな経験も体験も覚えておくことができるならば、失敗のない人生が送れるに違いない。だが、忘却もまた、人を支える大切な能力のような気がする。「記憶」と「忘却」という二つの能力のはざまに立つと、人は「信念」という都合の良い解釈をしがちである。つまり、都合の良いことは「記憶」し、都合の悪いことは「忘却」するようになるということだ。だが、忘却したくなるようなことこそ、将来の自分に危険信号を送ってくれるシグナルとなることが多い。

ザウルスのメモには、覚えておきたいことを残しがちだが、忘却したいことこそメモに残すべきだ。映画『デジャヴ』でも、過去からのメモが大きな鍵を握っていた。ザウルスのメモ帳に、未来の自分に向けて、シグナルを残すことで、確かなデジャヴとなる。

| | コメント (0)

第29話 ザウルスで授業

ビジュアル・コンポジションについて原稿を書いている。日本では馴染みの無い言葉だが、アメリカの国語教育では多く取り入れられている指導方法だ。ウィンドウズのメディア・プレイヤーを使う人は多いが、メディアを作るムービー・メーカーを使う人は少ない。メディア・プレイヤー同様、ウィンドウズPCに標準装備されているアプリケーションだが、ムービー・メーカーを使えば、数枚の写真が実に素晴らしいプレゼンテーションムービーになる。パワー・ポイントのプレゼンテーションと異なる点は、スライドではなく、ムービーであるがゆえに、絵コンテが必要なことだ。つまり、説明的なパワー・ポイントのスライドショーに対し、ムービー・メーカーのムービーショーは、物語的でイメージ作りにその極意がある。

できることならば、学生全員にザウルスを持たせ、このイメージ作りのために、ザウルスのイメージノートで、絵コンテを描かせたい。紙にイメージを描かせてもいいようだが、イメージを膨らませるには、時間がかかり、常に紙と48色の色鉛筆を持たせることなどできない。だが、ザウルスならば、無尽蔵のノートと、芯の減らない48色の色鉛筆が、イメージノートに用意されているわけで、思いついたその時に、イメージを留めることができるからだ。

教育の分野における、ザウルスの可能性は、非常に大きいと思っている。

| | コメント (0)

第28話 ザウルスの音楽

ブログなのに、なぜカレンダーと連動した記事になっていないのか、とたずねられたことがある。ブログの記事に「第○話」と付けているが、実は50話で終わりにしようと思っているからだ。ザウルスとの生活の中で、伝えたいことを50話選んで、ザウルスに捧げたいと考えている。

ザウルスのミュージック・プレイヤーについてお話したいと思う。私は仕事柄、一人で過ごすことが多い。図書館の個室だったり、12時間以上を機上で過ごしたり、自分の研究室で原稿を書いていたり、思えば孤独な仕事だ。

一人で過ごす時は、ipod shuffleを持ち歩くことが多いが、周りに人がいない時は、ザウルスのミュージック・プレイヤーで開放的に聴くのが好きだ。サラウンドのような効果はないが、音が割れることもなく、臨場感がある。ザウルスのミュージック・プレイヤーを起動させながら、同時にフォトストレージを立ち上げ、ザウルスの美しい画面でスライドショーを眺めていると、幸せな気持ちになる。

| | コメント (4)

第27話 映画『パフューム』の価値

映画『パフューム』が公開されている。場所はパリ。魚市場の屋台下で生まれた赤子は類稀なる臭覚の持ち主で、やがてはこの世のものとは思えない香水を作りだす話だ。伝説的な実話にもとづいているせいか、やや難解にできている。武勇伝でもなく、ファンタジーでもない、自身の持つ引き出しには収まりにくい作品だ。

見たもの、聞いたもの、知ったことは頭の中のラベルの付いた引き出しにちゃんとしまっておくと、知識や知見と呼べるものになる。だが、ラベルの付いた引き出しにしまえないものの扱いは難しい。たいがい、忘却というシュレッダーで廃棄されることになる。だが、分類はできないがシュレッダーをためらうものは、ザウルスのメモにタイトルを付け留めておいている。

『パフューム』のザウルスメモのタイトルはこうだ。「匂いフェティシズム(フェチ)」。(フェチ:特定のものに異常な愛着を示すこと。)

| | コメント (0)

第26話 ザウルスと大統領

今月号の『中等教育資料3月号』(文部科学省教育課程編集、ぎょうせい出版)に『アメリカの読むことの教育における国家戦略』という論説を発表した。今、アメリカは、子どもたちの「読む力の育成」を重視した国家政策を展開している。これは、2001年、1月20日のブッシュ大統領の、教育重視の就任演説を受けた政策である。アメリカの各大都市は図書館整備に非常に力を入れており、学校に行かなくとも、「本」さえあれば立派になれると信じて疑わないところがある。事実、学歴がなくても、膨大な量の本を読み、市長になる人は多い。そうした事情から、本を読む力は、国が保障すべき最低限の力であると考えているわけだ。

ザウルスには、ブンコビューアという電子ブックが読めるアプリケーションがついているのだが、ここに20冊ほど電子ブックを入れている。特に、青空文庫からの無料の電子データをダウンロードしており、20冊の電子ブックは無料で手に入れたものだ。その中の一つが、『アメリカ大統領就任演説』だ。ケネディ大領領からブッシュ大統領までの就任演説(日本語訳)を見ることができる。

上述に関係するブッシュ大統領の演説のくだりは次のとおり。「われわれはともに、無知や無関心からより多くの若い命が失われる前に、アメリカの学校教育を再建しようではないですか。」。その通りです。

| | コメント (0)

第25話 ザウルスの仏滅

ザウルスでトラブルが起こることはめったにない。が、ある一瞬の操作で突然トラブルになることがある。自分で何をしたのか分からないが、突然、メールの削除ができなくなった。受信メールのみならず、送信メールでも、メールを削除しようとすると、削除できずアプリケーションソフトが急に閉じてしまうのだ。どう考えても原因が分からないと、つまらないことを考え出すものだ。まず、考えるのが、「今日は仏滅かも知れない。」ということだ。仏滅だと、どうするか。当然明日の大安まで待って、もう一度削除しようとする。大安だと、どうするか、何度か削除しているうちに、必ずうまくいくと信じるわけだ。さらに大安で削除できないと、どう考えるか。方位が悪いからだめなんだろうと、違う方角を向いて同じ動作をすることになる。お笑いのようだが、「すきま時間」を大切にする割には、非科学的な発想がより大きな「無駄な時間」を創り出している。

ところで、なぜ削除できなくなったかと言うと、300通もの迷惑メールを一度に削除したから。大量にメールを削除すると、このようなことになるのだそうだ。ザウルスのサポートセンターの方は実に親切で、とても気持ちが良い。あれだけ悩んだのに、おかげですっきり削除できるようになった。

ちなみに、今日3月5日は仏滅であった。

| | コメント (0)

第24話 ザウルスで報告書の作成

「学力低下に関する問題とどう取り組むのか」というフォーラムに今週末は行ってきた。こういうタイトルはとても魅力的だ。タイトルの中に「低下」、「問題」、「取り組む」の3つの言葉が入ると、一つのストーリーを勝手に思い描いてしまう。つまり、低下という状況があって、そのことが様々な問題を引き起こし、その問題をズバッと解決する・・・というスカッとするストーリーを思い浮かべるのだ。だが、この種のタイトルの話には、がっかりさせられることも多い。「問題」については多くが述べられても、肝心な「解決策」については「今後の課題ですねぇ」などと言って時間切れで終わってしまうのだ。一瞬、言いようもない怒りがこみ上げてくる。

だが、ザウルスはそんな私を必ず救ってくれる。話を聞きながら、ザウルスでキーワードを中心に発表者の話をまとめていくと、不思議なことに解決策がひとりでに見えてくるのだ。ノートパソコンなら、文章にまとめようとする気持ちが強く働くが、ザウルスでまとめる時には、画面の大きさから考えてキーワード中心になる。そうすると、キーワードとキーワードを結んだ延長線上に解決策がちょこんとのっているのが見えるのだ。ザウルスって素晴らしい!

| | コメント (0)

第23話 『クローズアップ現代』敬語の問題

3月1日の『クローズアップ現代』で敬語の問題が取り上げられた。ゲストの井上ひさし氏によると、「敬語のルールを覚えることよりも、まずは確かな人間関係を築くことの方が大切だ。」ということであった。敬語のルールを覚える方が先か、確かな人間関係を築くほうが先か、と問われれば、もちろん後者が先に違いない。だが、確かな人間関係が築けたことが、敬語のルールにこだわならい理由にはならないように思う。「親しき仲にも礼儀あり。」だ。学生は気づかずに、「ご苦労さま」などと私に声をかけることがある。心の中で「ご苦労さまじゃなくて、『お疲れ様でした』、だろう」とたしなめる。少し前までは、いちいち注意していた。だが、最近では、学生から「アルバイト先で、いつも店長にそう言っていますが、叱られたことはありません。」と平気で言い返される。

日本語の美しさは、言葉の最後にある。「~です。」、「~でいらっしゃいますか。」など、言葉の最後を聞いて、初めてその人の教養や人格、人柄などを知ることになる。日本語とはそういう言語だと考えている。学生の携帯メールを見ると、言葉の最後がどれも略されていて相手が、女性なのか、男性なのか、親しいのか、親しくないのか推測することさえ困難だ。文字数に制限がある携帯メールだからかも知れない。私は携帯メールは解約していて、文字数に制限がないザウルスからのメール一本だ。

自身の品格の維持のためにも、言葉の最後は大切だ。永く確かな人間関係を維持する秘訣は、言葉の最後にあると考えている。

| | コメント (0)

第22話 家計を助けるザウルス

ネット限定のサービスが増えているように思う。ネット限定の商品も多く、愛用しているレッツノートもネット展開のマイレッツ倶楽部のみのカスタマイズ商品だ。確かに、何かを買う前に、どこかに行く前に、誰かに会う前に、ネットで情報を検索するのが当たり前になってきている。そして、現実の価格とネット上での価格との差がひらきはじめている。

今週末に行く出張先の京都のホテルは、通常価格で一泊3万円のはずなのに、インターネットで予約すると一泊1万5千円(ネット限定)で半額である。こんなに差が出てくると、インターネットを見ずして、財布を開けることなかれ、という感じだ。ここでのポイントは、「インターネットで見ました。」ではダメだということ。「インターネット上で予約」したり、「購入」したりしなければ意味がないということである。

目的のホテルに着いても、直接フロントで空室を聞いてはだめだ。ホテルのロビーで素早くザウルスを開け、ホテルのインターネットサイトにアクセスして、ネット上で部屋を予約する。数秒もせず自動返信で、ホテルから予約確認のメールが、ザウルスに入る。その予約確認のメール画面を表示したまま、ザウルスを持ってフロントに行く。これが正しいホテル予約法だ。

| | コメント (0)

第21話 『第79回 アカデミー賞』

第79回アカデミー賞作品賞に「ディパーテッド」が決まった。一昨年のアカデミー賞作品賞を受賞した「ミリオンダラーベイビー」と同様、なんとなく結末がすっきりとこない作品である。こういう作品には、たいてい原題そのままの、カタカナ英語のタイトルがついていることが多い。

「ディパーテッド」は1月末頃、封切り前にロンドン行きの機内で観たのだが、「ディパーテッド」ってどういう意味だろうと疑問に思った。普通は、「出発した」などと訳すのだが、原題には、その前に「The」が付いていて、動詞ではなく、名詞として扱われている。考えるよりも調べた方がはやいのが、単語の意味である。ザウルスのマルチメディア辞書で調べてみると、「The departed」で、「亡くなった人々」という意味であることが分かる。ラストシーンの凄惨さにもうなずけるというものだ。ついでながら、「ミリオンダラーベイビー」にも言及しておくと、「Baby」は確かに「赤ちゃん」という意味もあるが、これもザウルスの辞書で引くと、「すばらしい人」という俗な意味もあることが分かる。簡単な英語ほど調べようとしないが、こういう原題そのままのカタカナ英語のタイトルは、調べてみる価値がある。

ところで、「ミリオンダラーベイビー」は「安楽死」、「ディパーテッド」は「偏見」を、タイトルの言外に扱った作品として、十分に評価に足る作品だと思う。

| | コメント (0)

第20話 ケビン・コスナーの『守護神』

海難救助隊を描いた、ケビン・コスナー主演の『守護神』が公開されている。海に投げ出された夫婦を救う場面で、命の危機にパニック状態になった夫が、妻を押しのけて、我先にとヘリの投げた縄ばしごに、つかまろうとするシーンがある。救助するケビン・コスナーは、身勝手な夫に、パンチを食らわして失神させるという名場面だ。救助は「まず弱いものを優先する」という主役の強い信念を描いたシーンだが、現実を考えると割り切れないところもある。男性がかなづちで、女性が卓越したスイマーであることも考えられなくはない。「弱い」を、何を根拠に判断するかが問題だ。

仕事に優先順位を付けるのは簡単だ。締め切りや、重要度の高いものを明確にすることに躊躇は無い。だが、人に優先順位を付けるとなると難しい。私には3人の子どもがいるが、それぞれの子どもに、公平に時間を割いてあげることはできない。特に授業参観で3人とも同日にあろうものなら、45分という授業時間をどのような配分で分けたものか、悩んでしまう。年齢的に弱い順なら、一番下の子からなのだろうが、立場的に弱い順なら真ん中の子からだろうし、必要度から考えると一番上の子に違いない。こんな時、ザウルスのカレンダーに書き込んだ、前回の授業参観の備忘録が役に立つ。2ヶ月も前のことだからすっかり忘れているが、前回の授業参観での時間配分、授業の様子などを参考に、できるだけ公平になるように、今回の授業参観の優先順位を決める。

| | コメント (0)

第19話 ザウルスの翻訳力

安倍首相は、昨日(2月26日)の「イノベーション(技術革新)25戦略会議」で、日本語の音声を認識して同時通訳的に英語で発音してくれる装置を、近い将来実用化すると述べていたが少し疑問だ。小学校から英語教育を導入するという話がある一方、こういう話を耳にすると、日本人の英語教育にどこかあきらめがあるのではないかと、疑ってしまう。

確かに、アジアの諸国の中でも日本人の英語はどこか控え目だ。中学校から最低6年間英語を学んでいるにしては、あまりにも自信がなさそうに見える。だが、意外にそんな日本人に、海外の人々は好感を抱いているように私は思う。本人はもっと英語がすらすらとしゃべれたら、気分が良いのにと思っているのだろうが、思っていることが上手に言えない分、十分に目が語っているのも事実だ。

大切なことは「伝えたい」という気持ちだと思う。仕事柄、アメリカとの往復の回数は40回を超えるが、英語力よりも何を伝えたいかという気持ちが、会話の質を決めるという思いは変わらない。そんな伝えたい気持ちをちょっと支援するだけなら、ザウルスの翻訳力で十分ではないかと思う。ザウルスSL-C3200には、日本語→英語、英語→日本語の翻訳ソフトが標準装備されているばかりではなく、入力した英語を読み上げてくれるソフトも標準装備されている。ザウルスの翻訳ソフトで、大体の英文を組み立て、音声ソフトで発音の練習し、最後に相手の目を見て、ゆっくり話すことができれば十分だと考える。

| | コメント (0)

第18話 ザウルスで議事録の作成

手書きの方が速いか、タイピングの方が速いか」ということを研究テーマにする大学院生がいる。私がこれまで聞いただけでも3~4人はいるだろうか。たとえば、速記のような技術を持った人ならば、手書きの方が速いであろうし、タイピングの特別な訓練を受けた人ならば、打ち込んだ方が速いだろう。

一方、愛用のレッツノートに打ち込むのが速いか、ザウルスに打ち込むのが速いか聞かれると、ザウルスの方が断然速いと即答できる。指を動かす距離が短く、視点の移動の距離も短いため、私の場合、断然ザウルスで打ち込む方が速い。従って、書記のような担当がローテーションで回ってきて、議事録を作成する場合は、ザウルスで必ず作成している。

議事録を作成した後の話は、拙著『入部明子助教授のザウルス徹底活用術』でも書いたので、重複はしたくないが、仕事を合理的にこなすには、動線が大切だと思っている。無駄の無い動きをするためには、キーからキーまでの距離、画面の大きさも大切だ。そんなことを考えてザウルスを作ったわけでもないだろうが、小さなキーボード、小さな画面が、無駄の無い動線を作り、議事録作成の合理化のチャンスを私に与えている。

| | コメント (0)

第17話 ザウルスのプリンタ

外に出る時、最低限何を持ってでようかと考える。バッグの中に、まずザウルスを入れ、次にお財布を入れ、携帯電話を入れる。最近、ザウルス用の携帯プリンタ(ブラザーMW-100e)を買った。値段は2万5千円ほどで、価格COMで購入したのだが、このプリンタをバッグに入れようか、どうしようかといつも迷ってしまう。プリンタの大きさは、縦は14センチほど、横は7センチほど、厚さは1.3センチほどだろうか。重さは100グラムほどだ。印刷される紙はちょうど、ザウルスほどの大きさで、感熱紙だが、印字は比較的鮮明だ。印刷すると、ザウルスのカバーのポケットにちょうど収まる大きさだ。ザウルスから無線でデータを送り、プリンタが受信して、ピピピッと数秒で印刷される。さて、このプリンタをどのように使うと、持って歩く甲斐があるだろうか。思いつくままに書くと、

マップをプリントする

サイトに表示されるクーポンの画面をプリントする

子どもの描いた絵をプリントする

名刺を忘れた時に名刺代わりにプリントする

買い物メモをプリントする

のような感じだろうか。常にバッグに入れている置き傘のような存在になり得るかどうかが別れ道だ。

| | コメント (0)

第16話 ザウルスとレッツノート

レッツノートの愛用者はレッツラーと呼ぶのだそうだが、私もレッツノートのタブレットタイプを使っている。タブレットタイプは昨年、マイレッツ倶楽部のサイトで200台限定(10周年記念)で販売されたもので、ワードやパワーポイント、アウトルックのメール画面にも直接書き込め、とても便利だ。特に、ワードで作成させた学生の小論文をプロジェクターで表示し、画面上でスタイラスを使って直接添削していくと、学生は「おお~っ!」と驚かずにはいられないらしい。

できれば、ザウルスのハンコムワードでも、直接ペンで書き込め、同様に添削できると良いと思う。ザウルスでプレゼンテーションして、まず学生の「おお~っ!」と驚きの声を聞き、さらにスタイラスで添削して2度目の「おお~っ!!」という声を聞ければ、とても気持ちが良いに違いない。

| | コメント (0)

第15話 ザウルスで童話を書く

童話を書いている。ある出版社からの依頼で、今年はオリジナルの童話を3つ仕上げる予定だ。もともと、どのように物語を書けば良いか、という児童向けの教材を作っていたのだが、その指導をする本人が、童話の一本も書けないようではいけないと、自分で書くことになった。

書き始めるとなかなか難しい。心の中のイメージを表現することと、そのイメージを広げていくことの、二つの難しさがある。とりあえず、思い切って書き上げてみる。虹を女の子が渡って、天気の大王様に会いに行く話だ。小学校2年生の娘に読んで聞かせる・・・・。感想を聞いてみると、「うん。素敵なお話だね。」と言ってくれる。天の声のように嬉しくて、「ねぇ、ねぇ、このお話の絵を描いてみてよ。」と頼んでみる。

早速ザウルスに、イメージした絵を描いてくれる。ザウルスの画面には、私の心の中にあるイメージが見事に表現されていた。涙が出るほど嬉しく、こんな風に言葉は心の中に溶け込んでいくんだと、改めて言葉の持つ力を実感する。娘の描いた絵をザウルスの壁紙にして、今後の励みとする。

| | コメント (0)

第14話 ザウルスのカレンダー

今週は、2回も授業参観と懇談会があった。授業参観はともかく、懇談会はどうも面倒に感じることが多い。実際、一つの懇談会の参加者は8名(27名中)、もう一つの懇談会の参加者は12名(30名中)だった。隣の教室は、5名しか出ておらず、8名でも良い方なのかも知れない。話の内容は、これまでの子どもたちの様子の報告と、今後の行事予定の連絡だ。

あまりにも頭がぼんやりしてくるので、先生の話を聞きながら、ザウルスのカレンダーで、3月の予定を見てみる。すでに確認済みの内容ばかりだ。そこで、昨年の3月の行事内容を見る。ああ、こんなこともあったっけ、と少し驚く。さらに一昨年の3月の行事内容を見る。ほほーう、こんなこともやったんだな、とかなり驚く。さらにさかのぼって、年前の3月の行事内容を見る。えーっ、と声が出そうなくらい驚く・・・・とそこで、「では、お子さんのご様子を、一言ずつお話ください。」という先生の声がして、はっと我に返る。

十年前の内容から、十年先の内容まで書き込めるザウルスのカレンダーは、すごい思い出のアルバムだ。

| | コメント (0)

第13話 24日は公開講座

今度の土曜日(24日)は、大学の公開講座の担当だ。テーマは「ブログで発信する」である。受講生の年代は40代~60代。ブログ設定の話から始めて、何のためにブログを作るのかまでを語らねばならない。こんなことを語ろうと思ってザウルスにメモする。

1.同じ興味関心を持つ人と交流できる

2.日々の出来事を注意深く考えるようになる

3.貴重な経験や体験を共有することができる

4.人にわかりやすく伝える文章を書けるようになる

5.文章が上達する

6.ブログを本として出版することができる

他に何かありますか?

1.2.

3.
4.
5.

| | コメント (0)

第12話 『それでもボクはやってない』

現在研究で、「リーガルリテラシー」についてまとめている。平成21年5月までに開始される裁判員制度で必要となる「質問する力」や「尋問する力」、「意見を述べる力」はどのようにつければいいのかを、国語教育的な観点から研究している。4月には、勤務先の大学から発刊される研究紀要に「リーガルリテラシー」についての論文が掲載される。

昨年7月に、横浜地方裁判所で刑事事件を傍聴した。初めて見る法廷は異次元のようであった。論文や学会発表のための取材活動であったので、ザウルスで審理の内容をメモするつもりであった。ところが、予想をはるかに超える強烈な光景で、言葉にならなかった。結局、メモではなく、その時の様子をザウルスのイメージノートに「絵」で残した。目にした光景を言葉にできないなんていうことは今まで無かったことだ。それほどまでに、強烈な経験であった。

今日、映画『それでもボクはやってない』を見た。裁判とは何か、審理とは何か、人を裁くとは何かを問うた話題作である。映画を見て、横浜地方裁判所で見た光景が脳裏によみがえってきた。ザウルスのイメージノートに残した「絵」をさがしてみた。確かにその絵は言葉以上に正確に記されていると思った。

| | コメント (2)

第11話 信号の待ち時間に何をするか

自宅から勤務先の大学まで距離はおそよ60キロある。埼玉県を出発し、千葉県を通過し、茨城県の土浦市が終着地だ。だが、高速道路に出るまでに5分、高速道路を下りてから大学までが5分足らずなので、途中に信号機は4機しかない。40分ほどの所要時間のほとんどは、絶え間なくアクセルを踏み続けているのだ。私は最初の信号二つ目の信号で、毎朝ザウルスのメールを確認している。ネットに接続するのに1分ほど、メールのダウンロードにやはり1分ほどかかるだろうか。朝は高速道路に出るまでやや渋滞していて、メールの確認だけでなく、メールに添付された資料や表なども見る時間が十分にある。

高速道路にのってからはひたすら前を向いて、走り続けるしかない。が、飛ぶような景色でも、春になると高速道路の両側の桜の木から桃色の花びらがまるで吹雪のように舞ってきれいだ。また、雨上がりの日には七色の虹が高速道路にかかったり、秋には真っ赤な木の葉が舞う。高速道路の四季を堪能しながら、メールの返事を考える。

土浦北インターで高速道路をおりると、また二つ信号がある。信号待ちの時間に、メールの返事を二つほど送る。

| | コメント (0)

第10話 悪夢

「手帳」ブームで、お気に入りの手帳に自身の情報を整理し保存している人は多いだろうが、ザウルスに入れることができる情報の量は桁違いだ。ここ1年間のスケジュールや、書きかけの原稿確定申告用の表計算シートや、ここ3年間の行動記録など、ザウルスをどこかで無くしてしまうほど恐ろしいことはない。お財布を落とすのと、ザウルスを落とすのではどちらが怖いかと聞かれたら、即座にザウルスと答えるだろう。それほどまでにザウルスにはお世話になっている。

| | コメント (0)

第9話 辞書

日本語は本当に難しい。同音異義語に同訓異義語と同じ音なのに、意味が違う文字がたくさんある。非漢字圏から来る留学生が苦しむのは当然だ。留学生ばかりでなく、日本人でも、同音異義語に苦しむ人は多い。

昨日、ある小説を読んでいた先生が、「主人公の『気象』って書いてあるんですけど、間違いですよねぇ。」と聞いた。「そうですね。やはり『気性』って書きますよね。」と答えた。すると、「誤植や誤字を報告すると、御礼がいただけるようなので、出版社に教えてあげようかなぁ。」と言う。「そうですね・・・・」と私も言いながら、念のためザウルスで書きかけのメールを保存して、辞書に切り替え「きしょう」を引いてみる。なんと、「気性」でも「気象」でも良かったのだ。御礼をいただくどころか、苦笑されるところであった。

辞書は引いてみないとわからないものだ。携帯の辞書程度なら、やはり苦笑されていただろう。

| | コメント (0)

第8話 ロンドンにて

先日、仕事でロンドンに行った。アメリカにスターバックスがあるのは、当然だが、ロンドンにもスターバックスがあり、コーヒーの味はアメリカと同じだ。お店にあるテーブルもアメリカと同じだが、スターバックスに寄る理由も同じだ。あの小さな丸いテーブルでできること。それは、ザウルスでの作業だ。B5サイズのパソコンが置けないサイズではないが、B5サイズのパソコンを置くと、コーヒーカップは置けない。

アメリカとロンドンのスターバックスのお店で違う点と言えば、そこから見える街並みぐらいだ。ニューヨークでは摩天楼、ロンドンでは石造りの綺麗な街並みがそこから見える。ザウルスを取り出して、ゆっくり書きかけの原稿を読む。そして街並みを見る。また原稿を読み、街並みを見る。結構幸せな気持ちで原稿を見直すことができる。

家族から離れてすごす海外の出張はやはり寂しい。ザウルスのムービーで子どもたちの姿を見る。そうすると、さらに寂しくなり、コーヒーを飲みながらザウルスのサウンドでお気に入りの音楽を聴く。音楽を聴いているとやはり寂しくなり、ザウルスのカレンダーを見る。あさってが帰国日であることを確認し、あわててまた、ザウルスで原稿を見る。結構幸せな気持ちで原稿を見直すことができる。

| | コメント (0)

第7話 雑記帳

昔、CMで、地面に穴を掘って、その穴に思いっきり言いたいことを言い放ち、上からふたをして、すっきりする、というCMがあった。胸に中に、もやもやとしたことをしまっておくのは、精神衛生上良くないに違いない。ストレスは、意外に恐ろしい病気を、引き起こすものだ

穴を掘るほどでもないが、納得がいかず、胸がもやもやすることは多い。誰かに聞いてもらうほどのことではないが、このまま胸にしまっておくのがいやな時は、ザウルスで「雑記帳」というタイトルのファイルを作り、そこにあれこれと思う存分書くようにしている。書くという行為はそれ自体が、頭の整理をする作業で、書いているうちに、もやもやの原因がわかってくることが多い。

書くということは、素晴らしい精神の浄化作用だ。それをすぐに可能にしてくれるザウルスには感謝の一言である。

| | コメント (0)

第6話 習性

仕事柄、壇上に上がることが多いのですが、毎回緊張してあがってしまいます。壇上に上がらずとも、1時間以上、人の前で話し続ける時には、必ずあがります。こういうのは、どうにもならないことなんですね。言わば習性であって、何をどう考えようと、一言発する直前には、必ずそうなるわけです。

これが生理的な習性ならば、それに対抗しうるだけの、人為的な習性を作ろうと考えたのが、「ザウルスと一緒」です。つまり、一人で壇上に立っていると思うから、あがるわけで、二人ならあがらないわけです。なぜか。人の目が自分ではなく、もう一人の方にいっていると思うから。ザウルスをわざわざ開き、高々と持ち上げ、それを見て、うんうんと意味もなく、うなずいてみせると、人の目はそこにいきます。「動くものに目がいく」それも人の習性ですね。ザウルスに人の目がいくと、気持ちが急に落ち着いて、一人じゃないんだ。「ザウルスと一緒」なんだと思うわけです。

| | コメント (0)

第5話 有言実行

今日は特に仕事の無いオフの日です。大学は2月4日から春休みですが、教員は、自宅で研修や研究を行うことで、稼動していることになります。大学教員の仕事って分かりにくいですね。今日の予定は、9時から12時まで図書館であれこれと文献を調べ、それをもとに図書館の机で、ザウルスで原稿を少しまとめます。その後、12時に子どもの母親たちと、レストランで会食です。お題は子どものクラスの「学級崩壊をどう食い止めるか」です。現在進行形の重い課題です。食事にはだいたい2時間が費やされる予定。その間、話の「すきま時間」をみながら、出版社から送られてくる予定のゲラを見て、この食事時間の間に校正をする予定。

本記事のカテゴリーは「ザウルスで育児」。もちろん会食時間は、子どもの学級を崩壊させまいとする、育児の時間です。

| | コメント (0)

第4話 仕事のはしご

一日に多種の仕事をこなさければいけない日があります。たとえば、先週の土曜日は、午後から「基礎学力を身につけるには」という演題のワークショップの講師をして、その後、恩師の退官記念パーティーに行きました。パーティは仕事じゃありませんが、場の雰囲気に合わせてモードを切り替えるのは大変です。3時間近くもワークショップで、「基礎学力とは・・・」と勢いづいてお話してきたのに、のんびりワイングラスを傾ける気持ちにはなかなかなれません。参加している人の目的も、年代も、背景もまったく違うのですから、なじめないのも仕方のないことかも知れません。

こんな時は、無理をせず、自分に正直に接することにしています。パーティーでの会話と会話とのすきま時間に、ザウルスを取り出して、今日のワークショップについてワードでまとめたり、整理したりするうちに、一つの区切りがついてきます。ワインもおいしく感じられるようになります。

「 高校までで学んでおいて欲しい基礎として「視写」、「聴写」、「メモの技術」などがあり、さらに社会に出るまでに学んでおいて欲しい基礎として、「論理的な表現」がある。それは、裁判員制度に対する準備教育であり・・・・。」という感じです。

ワードで整理した内容は、添付ファイルとして家のパソコンに送信しておくと、帰宅してからも、モードの切り替えが楽になります。ワークショップでお話した内容を、添付ファイルをもとに体裁を整えてまとめれば、立派なニューズレター用の原稿になります。

| | コメント (0)

第3話 今日はバレンタイン

今日はバレンタインデーですね。どのデパートをのぞきこんでも、チョコレート一色。味見もしないのに、どのチョコにするかを決めるのは大きな決断です。

決め手は、包み紙の「色」合いやその「形」。自分らしさの追及には、「色」や「形」は常にキーワードになるものですが、こんな日には、やはりザウルスが重宝します。

チョコレートを1時間迷って買うより、ザウルスのイメージノートで、大きくハートの絵を描き、さらにチョコレートを描き、心を込めた手書きのメッセージを添えれば、十分に愛が伝わります。・・・と思います。

| | コメント (0)

第2話 ザウルスの存在感

さて、早速ですが、ザウルスの存在感についてお話したいと思います。

ザウルスの大きさは、ほぼ携帯型のゲーム機と同じ。そのため、子どもたちの中でザウルスを操作していると、子どもたちは「ゲームしてるの?どんなゲーム」とザウルスをのぞきこんできます。そして「あれれ?ゲームじゃないんだ。」と残念そうにつぶやきます。ゲーム機にキーボードは付いていないと判断し、ゲーム機じゃないんだ。と思うわけです。

一方、お年寄りの中で、ザウルスを操作していると、「電子辞書で文字調べてるのね。感心ねぇ~」とのぞきこんできます。でもサイトなどを表示させていると、「あれれ?辞書じゃないんだ。」と残念そうにつぶやきます。

さらに、学生の中でザウルスを操作していると、「小さなパソコンですね~」とのぞきこんできます。でも、スケジュールなどを表示させていると、「あれれ?電子手帳なんだ。」と残念そうにつぶやきます。

そうなんです。七変化の得意なザウルスは、相手がのぞきこんで確認しないかぎり、相手の最も親しみやすい存在になりうるのです。

この「存在感」を利用しない手はありません。子どもがのぞきこめば、すぐにゲーム機にしてみせ、お年寄りがのぞきこめば、すぐにマルチメディア辞書にしてみせ、学生がのぞきこめばワードの画面にしてみせることで、常に親しまれる存在になるのです。それを持つ私が親しまれないはずはありません。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

第1話 ザウルスに感謝をこめて

こんにちは。入部明子です。

日々お世話になっているザウルスに、感謝を込めてこのブログを贈ります。このブログをお読みになる方はザウルスをすでに持っている方や、ザウルスを購入する予定の方に違いありません。本ブログはザウルスの使い方の説明ではなく、どのようにザウルスを活用しているか、という私自身の活用方法について、お話をするつもりです。そのため、ザウルスの標準のアプリケーションソフトについての、活用術が主な話の中身であり、ザウルスそのものの大変身を、考えていらっしゃる方には、不向きかも知れませんね。

でも、ポイントは、ザウルスそのものの大変身より、利用者の変身の方が、私にはもっと大切な課題なのです。このブログで、ザウルスを持つあなた自身の、変身のお手伝いができるとしたら、ブログ作成者としてこんなに嬉しいことはありません。

もし宜しければ、末永くおつきあいください。

| | コメント (0) | トラックバック (0)